レコードID
RB00014033
言語
日本語
出版年
1858
タイトルヨミ
フジ ノ ズ
別タイトル
ローマ字タイトル: Fuji no zu
英語タイトル: Painting of Mt.Fuji in memory, with a verse in Chinese style
著者
高島秋帆筆并賛, 大槻磐渓賛
参照形
高島, 秋帆||タカシマ, シュウハン||Takashima, Shūhan
大槻, 磐渓||オオツキ, バンケイ||Ōtsuki, Bankei
冊数
1
出版年(和暦)
安政5年写
形態・版情報
写 軸物(紙本・裂装)・箱入
57×81cm
写刊の別
写
内容記述
高島秋帆 寛政10年(1798)~慶応2年(1867) 長崎の町年寄り、西洋砲術家。嘉永3年(1850) 松陰が長崎遊歴の際、秋帆の子で西洋砲術家の浅五郎を、しばしば訪問した。この図は安政5年(1858) の作で、自賛を加え、知友の大垣藩士小原鐵心に贈ったもの。「白日青天千古雪 / 余不解畫法、醉後頓生興致、寫曩昔曾所觀雲煙變態了 / 戊午至日後三日 / 華甲壽人高龝帆」
大槻磐溪はまたこの図を見て、安政6年(1859) 正月次の賛を加えた。「逆境之觀岳與順境之觀嶽、明暗快悶固不相同、而岳之爲嶽則依然也、是故秋帆先生所畫昔日愁雲漠々之冨岳、而今日觀之、乃爲青天白日之富嶽矣、嗚呼誰知先生之心事者、鐵心子句云、人歴多難節乃高、然則先生今日之節、謂之與彼嶽爭高可矣 / 己末春王月第六日 辱知生磐溪大槻崇題」
磐溪はさらに、鐵心が作った次の詩を書くことによってこの図を完璧なものにした。「眞成此老可稱豪 醉墨淋漓何等毫 / 十載幽囚歌正氣 一朝公議拜殊褒 / 畫添深感痴愈妙 人歴多難節乃高 / 他日春風泛游約 咲看嶽色落輕舫 / 并録鐵心子贈先生詩以爲完璧 崇 」(出典:平成6年度京都大学附属図書館公開展示会図録『吉田松陰とその同志』)
TAKASHIMA SHUHAN (1798-1866) was imprisoned by rebellion doubt at Nagasaki in 1842. Next year, he was sent under guard to Edo, however, was discharged by Edo Shogunate in 1853. In 1858, he drew a picture on Mt. Fuji, looking back the days being convoyed to Edo. He had thought it could be his last time to see Mt. Fuji. OTSUKI BANKEI(1801-1878), a friend of Shuhan and got this picture, tried to complete it by adding Chinese Poem.
注記
吉田松陰とその同志展
維新DBリスト:展示品26
請求記号
尊/軸193/貴
登録番号
1799383
リストNO
展示品26
所蔵
京都大学附属図書館 Main Library, Kyoto University
コレクション
サブコレクション
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